「タコピーの原罪」に見る、心理学的に不幸な家庭3パターン

◆ タコピーの原罪というマンガ。

こんにちは。ゆうきゆうです。
あなたは、「タコピーの原罪」というマンガをご存知でしょうか?
まだ10話にも満ちていない状況にも関わらず、各所で話題になっているマンガです。
タコピーの原罪
話はシンプルです。
まず、主人公である「しずかちゃん」の元に、宇宙人である「タコピー」が来て、魔法のような発明でそのピンチを救う…というようなマンガです。
…いやね、それだけ聞くと、一見ありがちなマンガじゃないですか。
設定だけ変わった、ドラえもんの女の子版みたいな。

ただ、このマンガは、そんな設定がどうでも良くなるくらい、先が読めず、ハードな展開を見せるマンガになっています。

まず、主人公のしずかちゃんは、まりなちゃんという女子たちにイジメられています。
このイジメがもう筆舌に尽くしがたいレベルで。
結局、しずかちゃんは、一話の最後で、自殺してしまいます。
うん。
切なすぎです。

◆ 増える自殺。

ちなみに自殺で思い出したのですが、厚労省の統計があります。
自殺者は、ここ10年くらい、少しずつ減っていました。
年間30000人くらいをピークとして、じわじわと年間20000人前後まで減ってきていたのです。

しかし、それが。

2020年に、11年ぶりに増加したようです。

色々な原因があると思いますが、コロナウイルスの流行によって仕事がうまく進まなくなったり、生活環境や家族関係が大きく変わった、などがその主な理由として考えられます。

いずれにしても、自殺というのは、かなり大きな問題であることは事実です。

このマンガで、奇しくもその社会問題を扱った…というわけでもないと思うんですが、とにかく主人公は自殺してしまいます。

しかし!
ここでタコピーは、魔法のカメラを使って時間を戻します。
そのカメラは、一緒に撮影した時刻まで時間を戻せるのです。
そう!
タコピーは、主人公が自殺をする前に写真を撮っていたため、その時刻まで戻ることができ!
晴れて主人公は生き返るのです!
めでたしめでたし!

…になるかーい!(セルフツッコミ)

という話です。

実際に何度やり直しても、そのイジメられている現状は変わらないため、やはりイジメは続き、主人公は自殺してしまいます。

詳細は省略されますが、100回以上やり直して、それでも自殺するという、もうダークすぎる展開です。

では、この主人公は、なぜここまでイジメられるのでしょう。
まりなちゃんは、どうしてそんなに主人公に粘着するのでしょう。

それは、まりなちゃんの両親の不仲が原因でした。

詳細事情が語られているわけではありませんが、アバウトに、
・しずかちゃんにはお父さんがおらず、お母さんは、水商売系のお仕事をしているようだ
・まりなちゃんのお父さんは、しずかちゃんのお母さんにハマっており、お金を払っているようだ
・そのためまりなちゃんのお母さんは怒り、父親と不仲になっており、近く別居や離婚をする予定のようだ
・よってまりなちゃんは、すべての原因であるしずかちゃんの母が憎いため、しずかちゃんを執拗にイジメるのだ

という状況のようです。

言うまでもなく、しずかちゃんの母親だけが悪い、というわけでもないと思うのですが、人間、分かりやすく手近なところに攻撃心を向けるんだと思います。

いや本当にディープです。

この流れで、あまりに自殺を繰り返す主人公を見て、タコピーはついに「自分が本気で守る!」と決意します。

その結果、魔法のカメラで、まりなちゃんを殴り殺してしまいます。

もう魔法一切無関係。ただの物理です。

その結果カメラは壊れ、時を戻すこともできなくなってしまいました。
さらにこの状況を、クラスの真面目な男子である「東くん」に見つかってしまい、自首を勧められます。

しかし主人公は「私は逮捕されたくない、どうすればいい?」と無邪気ながら小悪魔のような笑顔を向け、それにほだされた男子は
「魔法の道具にまりなちゃんの体を入れて、埋めて隠す」
「さらにタコピーを、魔法の道具でまりなちゃんに変身させ、何食わぬ顔で生活させる」
というとんでもない解決策を話してしまいます。

さて、その後どうなったのか…はマンガを読んでいただくとして、ここでは3つの家庭での問題を、心理学的なキーワードと共にたどってみましょう。

◆ まりなちゃん家の問題

心理学的キーワードは「置き換え」です。
まず父親が浮気や遊びまくるおかげで、母親は常に父親とケンカをしています。

その結果、父親にたいして感じているストレスを、すべて娘であるまりなちゃんに向け、当たり散らします。

また自分にとって都合のいい方向に動くように強制します。

これこそが「置き換え」。強いものに攻撃された中間層が、より弱いものにその怒りを向けることを言います。

ジャイアンがスネ夫をいじめ、スネ夫がのび太をいじめる構造です。
ちなみに同じ気質を持っているのか、まりなちゃんも同じく、そのストレスをヒロインであるしずかちゃんに向けます(同じく置き換えです)。

その結果、執拗ないじめになり、最終的にはしずかちゃんの犬を保健所送りにまでして、結果的にしずかちゃんを自殺にまで追い込みます。

タコピーのおかげで「なかったこと」になりましたが、このいじめのエネルギーは恐るべしです。

ただこの「置き換え」。我々は、多かれ少なかれ持っていると思います。
代表的なのが、ネットの悪口や誹謗中傷。

全力で人を批判している人がいるため開示してみたら、成功とはほど遠い人たちばかりだった、という話はよく聞きます。

逆に、大成功している社長が、毎日ネットで悪口を書いている、という姿はそうそう想像できません。

これもすべて、日常生活で周囲の人から受けているストレスを、ネットの見知らぬ人にたいして「置き換え」をしている可能性が高いわけですね。

◆ しずかちゃん家の問題

心理学的キーワードは「興味の喪失」です。
家はとても散らかっており、母親の存在が一切ありません。
また本人が明らかに問題を起こしても、母親は一瞬現れる程度で、すぐに出ていってしまいます。

おかげでしずかちゃんには、犬しか仲間がおらず、その犬が保健所に連れられていってしまった際に自殺までしてしまうわけです。
母親が放置することで、本人も母親の存在を完全にスルーしてしまっています。

ちなみに最終的に、タコピーがまりなちゃんを殺してしまうのですが、しずかちゃんはそれを絶賛し、たまたま目撃してしまった東くんに解決を頼り、隠蔽させ、なおかつ罪をかぶることまで示唆します。
それによって彼の人生がどう変わるかに、一切の興味を向けません。ただ要するのみです。

根本的に、「他人という存在に興味がない」のかもしれません。

よって「自分自身に害をなすかどうか」だけでしか判断せず、その結果、まりなちゃんが死んでも「良かった」としか思えず(ここまでは我々も理解できる範囲ですが)、逆に少年の人生を巻き込むことにも、ためらいがないわけです。

母親が、娘の存在に興味を抱いていませんが、その気質が遺伝されていると考えることもできます。

◆ 東くん家の問題

心理学的キーワードは「条件付きの愛」です。

東くんは、常に母親に「優秀な兄」と比較されます。
そして勉強で100点を取れないというだけで、おやつを捨てられるという虐待にあっています。

心理学的には、愛には二種類あるとされます。
それこそが「条件付きの愛」と「無条件の愛」。

前者は「あなたは勉強ができるから好き」「お金を稼いでくれるから好き」というもので、
後者は「何があってもあなたを好き」というものになります。
もちろん、より良いのは後者です。

実際、そういう愛はなかなか存在しにくいかもしれません。

恋人でも配偶者でも、どんなに相手のことが好きと思っても、相手が突然に働かなくなったり、または別の相手と全力で浮気をしていたら、その気持ちが揺らぐはずです。

であれば、それは「働いてくれるから好き」「浮気しないから好き」という条件つきの愛だったというわけです。

とはいえ、親から子への愛というものは、基本的には「無条件の愛」であることが多いのではないでしょうか。

たとえ子供が働かずとも、または何かの罪を犯したとしても、何があっても子供のことを愛し、見捨てたりしない。
こういう気持ちが根底にあるのではないかと考えます。(もちろん人によっては限度があるかもしれませんが、総じて、です)

ただこのマンガでは、母親は典型的な「条件付きの愛」で、少年は常々
「勉強ができないとダメだ」
と思い込まされています。

その結果、母親から失望され、「見捨てられている」と感じたからこそ、少しでも自分を受け入れてくれる(と感じた)しずかちゃんのために、役立とうとしてしまい、結果、犯罪に加担してしまうわけです。

切ないですね。

どの子供も、三者三様に悲しい状態ではありますが、「苦しみ」が強い分、一番悲しいのはこの東くんなのかもしれません。

◆ 最高の家庭とは。

というわけで、「置き換え」「興味の喪失」「条件つきの愛」という3つのキーワード。
逆に言えば、最高の家庭や子育てをしたいと思ったら、すべての「逆」をすればいいことになります。

夫婦関係や仕事で問題があっても、子供にその怒りを向けることなく。
子供にたいして常に興味と関心を抱き、とはいえ何かを強制することもなく。
また「何があってもあなたのことが大好き」という無条件の愛を向けてあげることです。

…とはいえ、それができないから多くの家庭で苦しみが生まれているのですけども。

そういえば、かの文豪トルストイも、
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」
という言葉を残しています。趣深いですね。
みんなそれぞれどこかが欠けている。完璧な人間が存在しないように、完璧な家庭なんて存在しないとも言えます。
でも、だからこそ、それを受け入れた上で、「ないもの」に目を向けるだけでなく、前を向いて生きていくことが大切である…。そんな教訓を得ることもできるかもしれません。
何にせよ、色々な意味で、どう転んでいくのか全力で目が離せないマンガです。興味ありましたらぜひお読み頂ければ幸いです。
もしかしてマンガとしての面白さは「先が読めないこと」、この一点こそが何より重要なのではないか、なんてことを思った次第です。

………。
とはいえ、ただ単に先が読めないだけのマンガ
(主人公が突然に暴れたり踊ったり奇声を発したりするなど)
は、決して面白くなさそうな気がするので、先が読めないだけでなく、誰もが共感し、感情移入できる何かが必要なんだと思いました。

無難な結論にたどりつきつつ、本日もここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
(完)

官越いやし|ゆうメンタルクリニック心療内科・精神科

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特別監修・ゆうきゆう
精神科医、心理学者。
東京大学医学部医学科を卒業後、うつ病・統合失調症・てんかん・パニック障害・社交不安障害・不眠症など多くの疾患の治療を行い、2008年よりゆうメンタルクリニックを開院。
『マンガで分かる心療内科』の他、100冊以上の著作があります。

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